イヴォ・アンドリッチ(Ivo Andrić、 1892年10月9日 - 1975年3月13日)は、旧ユーゴスラビアの作家・詩人・外交官。1961年のノーベル文学賞受賞者。
1892年、オーストリア・ハンガリー帝国の占領下にあったボスニアのトラヴニク近郊に生まれる。幼くして父を亡くし、ドリナ川に面するヴィシェグラードで幼少期を過ごした。ザグレブなどで哲学を学んだ後、第一次世界大戦中は独立を目指す秘密結社「青年ボスニア」との関与を疑われ投獄される。釈放後は執筆活動のかたわら、戦後成立したユーゴスラビア王国で外交官を務め、フランスなどで勤務した後、1939年から1941年にかけて駐独公使としてベルリンに滞在する。ユーゴスラビアがドイツに占領されると母国に戻ることを余儀なくされ、第二次世界大戦の終結までベオグラードで隠棲生活を送った。この間に、自らが幼少期を過ごしたヴィシェグラードの町を舞台にした『ドリナの橋』やフランス勤務時代に目を通した外交史料に着想を得た『ボスニア物語』(原題:トラヴニク年代記)を書き上げたといわれる。戦後は文筆活動に専念し、ユーゴスラビアを代表する作家となる。1961年、スウェーデン・アカデミーは「自国の歴史の主題と運命を叙述し得た彼の叙事詩的力量にたいして」ノーベル文学賞を授与した。
1975年、ベオグラードにて死去。
1892年、オーストリア・ハンガリー帝国の占領下にあったボスニアのトラヴニク近郊に生まれる。幼くして父を亡くし、ドリナ川に面するヴィシェグラードで幼少期を過ごした。ザグレブなどで哲学を学んだ後、第一次世界大戦中は独立を目指す秘密結社「青年ボスニア」との関与を疑われ投獄される。釈放後は執筆活動のかたわら、戦後成立したユーゴスラビア王国で外交官を務め、フランスなどで勤務した後、1939年から1941年にかけて駐独公使としてベルリンに滞在する。ユーゴスラビアがドイツに占領されると母国に戻ることを余儀なくされ、第二次世界大戦の終結までベオグラードで隠棲生活を送った。この間に、自らが幼少期を過ごしたヴィシェグラードの町を舞台にした『ドリナの橋』やフランス勤務時代に目を通した外交史料に着想を得た『ボスニア物語』(原題:トラヴニク年代記)を書き上げたといわれる。戦後は文筆活動に専念し、ユーゴスラビアを代表する作家となる。1961年、スウェーデン・アカデミーは「自国の歴史の主題と運命を叙述し得た彼の叙事詩的力量にたいして」ノーベル文学賞を授与した。
1975年、ベオグラードにて死去。



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